ようやく落ち着きました

2011年07月27日

またしてもすっかり更新がご無沙汰でした。

ベルギーの話の続きを書かなくちゃ・・・と思っていたら
スイスでブラジルの滞在ビザを取らねばならなくなり、
そしたら日本にも・・・と少し帰ったのですが、ブラジルでの新居が急遽決まって
引越しに突入。

スイスから届いた荷物は結構傷ついておりました。
20ほどグラスや皿が損傷、中でも亡き13代の今泉今右衛門さんから
インタビューの際に「名刺代わりにどうぞ」といただいた小皿がぱっくりと割れていたのには
もうがっかり。

アラブから持ち帰った木の箱も角を削られ、
気にってたランプのカサがぺこんとへこみ、
同時に私たちもかなりへこまされた次第。

家探しもおよそ40件は内覧しましたが、やっとの思いで決まった感じです。
妥協点は多々ありますが、わがまま言ってられないのでありました。

段ボールを片付けていると、門番の人から電話が。
「電気が・・・・切られる・・・・。」
なんだか分からないけど、興奮してるみたいだから
「えっつ何?」
「電気、電気」

やっぱりわからなかったからそのままにしていたら、
しばらくして冷蔵庫を開けたら真っ暗。

「あー停電って言いたかったんだな」と思った私。
「そうだ何時まで停電か聞かないと・・・」と玄関を出ると
電気を切られたのは我が家だけのよう。
エレベーター動いてるし。

門番いまだ興奮。
ようやく分かったのは前の住人が電気代を踏み倒していたので
停め来たということ。

大家さんに泣きついて払ってもらったところ
「40分で復旧するよ」と笑顔の門番。その時刻16時。

夕飯を外で食べて戻ってもつながった気配はなし。
隣近所は明るいのに我が家だけ真っ暗なのは切ないものです。
結局24時近く近所のホテルに移動することになり、
もうぐったり。闇は人を疲れさせる。

翌12時やっと復活。
私たちがあずかり知らぬところで督促状が来ていたらしく
大家さんは私たちの代わりに怒りまくり、門番さんは平謝り。

ライフラインひと月で断たれるリオデジャネイロ、甘くありませぬ。